中山信一郎とメモリーズ・フォーエバー

中山信一郎さんの追悼集は3/21の一周忌のライブで手にした。読んでいると過ぎた日のことが思い出されて泣きそうになる。中山さんが書いてくれたアルバム「dream」のライナーノートはぼくの(ジャズの)履歴書みたいなものだ。
中山さんはジャズと同じように映画が好きだったけれど(もしかしたらジャズより前から好きだったのかも知れない)、こちらはあまり映画を見なかったからたまに映画の音楽を作ったときくらいに話をしただけだ。
しかし、中山さんはもちろんだけれど、周りにいた人たちのなんて魅力的なことか。60年代のモダンパルス(同人誌)時代からずっと遊んでくれたソフトリー、壮ちゃんはじめ、ロイさん、吉次郎、他、みなさん、みんながいたからぼくもいた。
昔のblogを整理していたらこんなことを書いていた。

モダンパルス
2007/03/11 日曜日 – 18:13:16 by tshibuya

「時間と空間のヴェールをへだててみると、現実のすがたが美化されてくる。どぎつい色彩がやわらげられ、あらあらしい線も丸みをおび、残酷で悲惨な出来事も、また愚劣きわまる恋愛でさえ、いつの間にかロマンチックなものだったような気がしてくる。そして、そこからノスタルジアがうまれてくるのだ…と書いたのは、花田清輝であった」。
という書き出しではじまる中山信一郎の「わがモダンパルス回想」(1975年、ジャズ批評)はモダンパルス復刊の前年に書かれた第一期モダンパルスの総括といったものだった。
「60年代に起こった反抗的な芸術運動は、70年代に入って、ことごとく崩壊してしまったように思われる。ミニコミによる、文学、政治運動、アンダーグランドとしての映画、演劇運動。彼らは今どこにいるのか。あるいは、70年代の、あのむさくるしい反抗的ポーズを捨てて、もっとリラックスした表情をもって彼等の世界を持続させているのであろうか」。

不幸にして(いや、幸いにしてといった方がいいか)60年代のことはよくわからない。なにしろこちらは薬と競輪に明け暮れていて、反抗的な芸術運動などに目を向ける暇がなかったし、その後もコマーシャルの世界に身を置いてきたからそういったこととはまるで無縁だった。
モダンパルスの同人と一番親しくしていたのがこの1976年ころで、なにかと用事を見つけては鹿児島まで行く。そして焼酎を飲み、温泉に行き、ジャズを語る。

復刊したモダンパルスには毎号「特集」があった。手元にある分のそれを挙げれば、
本の特集(2-3)
中間派ジャズ(2-4)
わが思春期(2-5)
文庫本特集(2-6)
ハード・バップ特集(2-7)
特集<私たちの日記>(2-8)
特集・私達の食生活考(2-9)
特集・マンガ(2-10)
特集・私達の異性論(2-11)
・日本のジャズ・レコード(2-11)
特集・ソフトリー(黒川研一)(2-12)
・70年代の映画(2-12)
最後のソフトリー特集が泣かせる。編集後記に岩下壮一が「黒川研一ことソフトリー特集であるが、こうした特集は我がモダンパルスにとってネタつきの感はいなめない。一種の衰弱である」と書いている。

同人以外の投稿者では、飯島哲夫、野坂恒如、村上春樹、東井輝夫、いソノてルヲ、森山浩志、行田よしお、遠藤櫻子、得丸泰蔵、内田修、山田宏一、緑魔子、小谷傳、青木和富、白井佳夫、寺島靖国、などなど。とても書ききれない。
80年4月の2-12をもって休刊。

Luz Do Sol 第4集「やさしい雨」

Luz Do Sol(平田王子、渋谷毅)の第4集「やさしい雨」ができた。
もちろん前作の延長線上にあるのだけれど、今回は松風鉱一(ts,flute)さんに何曲か参加してもらったのが特別だ。松風さんはちょっと前衛的なイメージがあるけれど、tsは実に柔らかく滑らかで、fluteは軽やかだ。
平田さんのオリジナルは3曲。「Sem falar」「みどりいろの雨」「Little birthday song」。A.C.ジョビンの曲は今回も何曲かある。「Forever green」はジョビンの曲としてはちょっと変わっている。その他、変わったところでは「The Star Carol」という曲があって、これはクリスマスに歌われる歌かも知れない。また、平田さんからのリクエストでEdu Loboの「Beatriz」をsoloで演奏した。
前作の延長線上と書いたけれど、それに間違いはないとしても、ちょっと目に見えないなにか、例えばLuz Do Solがこれからどうなっていくのか、というようなことの答がどこかに隠れているような気もしている。

こんなことを書いていた

6年前の正月にこんなことを書いていた。

「どういうことがやりたいのか、なぜやっているのか、とか聞かれて困るのはそのどういうことというのがこちら自身にもさっぱりわからないからで、わからないのになにかやるのはおかしいという人がいても、そういうことはあるのだから聞かれても困る。もちろん、これこれこういうことがやりたいとはっきりいえる人もいて、それはそれでちょっとうらやましくもなってくるけれど、でも、どこか、ほんとかなあ、という気がしないでもない。
いっそのことやりたいことはありませんといえればいいけれど、それもちょっと違うような気がするので、それではどういうことがやりたいのか、なぜやっているのかがいつまでたってもわからない。そういうことの繰り返しでいままできたのだからこれからもそうなんだろう」

いまでもまったく変わらないのには、「なんだ、進歩ないじゃないか」という気もするけれど。

シブヤシゲヨシさんについて(番外)

●カニ(蟹)
2011/04/21 木曜日 – 13:16:41 by tshibuya

本棚を整理してたら、シブヤシゲヨシさんが書いた「観光雑筆」という小冊子が出てきた。1977年に作ったものらしい。名所、史蹟、文学碑、物産などを解説したもの。その中のカニ(蟹)を紹介します。もちろん感情訳です。
道内いたるところに、カニ料理がある。世界語感情訳で見ると、カニは「カ=入って行く、来る、ニ=分ける方へ」と出る。日本にナナメ(斜)の語がある。
ナナメは、「ナ=分ける形に、ナ=分ける形に、メ=うごめく」とも出て、まっすぐではない。カニはナナメに歩くでしヨ。

う~ん、わかるようなわからないような

2 Responses
E-Shibuya : 2011/04/21 – 23:40:05 –
お久しぶりです。
そんな本ありましたね。
字が小さくて読むのがきついので、あまり見ていませんでした。
あたためて取り出して見て、裏表紙に書いてある「涙炎」とかいう詩がいいかなぁ・・・などと思って眺めています。

tshibuya : 2011/04/22 – 11:56:42 –
E-Shibuyaさん、しばらくです。こちら、相変わらずで、元気です。 裏表紙の「涙炎」、いいですね。紹介させてください。

●E-Shibuyaさんのコメントにあったシブヤシゲヨシさんの詩「涙炎」
2011/04/22 金曜日 – 12:06:55 by tshibuya

     涙炎

     この世はいっぱいだ
     泣くも 悲しい
     泣くも うれしい
     笑ふも うれしい
     笑ふも 悲しい
     みんな
     私はいっぱいだ
     涙がこぼれおちる
     とても いい

2 Responses
asianimprov : 2011/04/28 – 21:39:46 –
「いっぱいだ」と「とても いい」が、とてもいいですね。
サントリーのCMのおかげで「見上げてごらん・・」を一日に何度も聞きますが、サビの部分は渋谷さんの作曲では?
単なる想像/妄想ですが、そんな気がしたので。

tshibuya : 2011/04/29 – 11:31:45 –
いやいや、そんなことはありません。いずみさんはそういうことに関してはちゃんとしてましたから。というか、自分がやったほうが早かった(当然ながら)。

そんなことをやってる場合じゃない

こここのところ集中的にエリントンを聴いている。一曲を細かく聴くこともあるけれど、大体は気の向くままに聴いている。そうやってなんとなく聴いているうちになにか思い浮かんだりして、そういうことが楽しい。
でも、いまはそんなことをやってる場合じゃない、3/5のコンサートに間にあうようにアレンジをしなくてはいけないのだ。このところ机に向かって譜面を書くなどまったくしていなかったから時間のかかること! 時間のかかるのはまだいいけれど、五線紙を前にしてなにも思い浮かばないのが困る。いや、そんなことはいまにはじまったことではないけれど、ひさしぶりにやってみるとそういう感覚が戻ってきて、決していい気持ちではない。
書けなくて仕方なく風呂に入ったりしてみるけれど、それでうまくいくわけもなく、もうこうなったら寝てしまった方がいいのかも知れない。起きて気分一新というのは風呂より効果がありそうだ。

エリントンDE行こう

デューク・エリントン 生誕120年ということで、エリントン作品を演奏するというとんでもなく嬉しい話が飛び込んできた。もちろん嫌もなにもない、最初に思ったことは「ちゃんとできるか・・」ということで、しばらく悩んだあげく、つまらない悩みはその辺りに置いて素直にやることにした。
エリントン に対する思いはいろいろある。先日ひさしぶりに会った加藤総夫さんとの話をコンサートのプログラムに載せる予定なので、そうなればそれを読んでもらうのが早い。
エリントン を取り上げるのだからエリントンの曲を演奏するのは当然だけれど、それだけでエリントンやります、などといえないのも当然で、では、なんだ、などと考え出せばまた悩みは深まるばかり、これは一体いつまでつづくのか。

シブヤシゲヨシさんについて(7)(8)(9)(10)

●シブヤシゲヨシさんについて(7)
2010/02/07 日曜日 ? 14:36:23 by tshibuya

シゲヨシさんの絵は楽しい。
象の国へおりる、日本象国物語、「日英語ノーベル賞」は普通の印刷ではなくて、原稿用紙をそのままコピーして印刷した本だ。で、どれにもシゲヨシさんが描いた絵がちょっとだけ入っている。手作りの漫画シリーズ「酒とテープレコーダー」(これはコピーして製本したもの)は当然絵がたくさん入っているけれど、でも、話しがむずかしいから、とても漫画を見るようにスラスラとはいかない。しかし絵だけ眺めていても面白い。いや、面白いというより楽しい。シゲヨシさんがどんな気持ちでこれを描いていたんだろうかと想像する。
下の絵は本の中からではなく、前に送られてきたものの中から。上がイノル、下がミトム。

●シブヤシゲヨシさんについて(8)
2010/02/12 金曜日 ? 12:10:19 by tshibuya

シゲヨシさんの絵を「携帯の待ち受け画面にしました」という人がいた(笑)。かわいいからというのがその理由だ。また、duoシリーズ(もうすぐ津上研太とのアルバムができる)のジャケットをやってくれている四釜さんは「イノルの虹色の睫毛なんてたまりません」と書いてきた。確かに「イノル」はかわいい。シゲヨシさんの絵は40点ほどあるけれど、この「イノル」が一番かわいいかも知れない。しかしこんなことをシゲヨシさんが知ったら苦笑するかも知れないなあ。
いや、ただ笑ってるだけか。「イノル」「ミトム」も含めて、そのうちちゃんとスキャナして載せたい。本当は絵を見ながらシゲヨシさんの話しを聞くともっと楽しいのだけれど。
本の方は手に入れるのがむずかしい。でも、「象の国におりる」「日本象国物語」はE-Shibuyaさんがweb版を紹介してくれている。「五十音感情の正体」の方も取りかかっているということなのでそのうち見ることができると思う。

●無銭優雅
2010/03/03 水曜日 ? 17:40:04 by tshibuya

渋谷オーケストラのメンバーと作っているduoのアルバムも4枚目になった。こんどは津上研太(ss、as)とだ。録音はずいぶん前に終わっていて、あとはジャケット制作とマスタリングが残っているだけ。4月の中旬にはできる。
タイトルは「無銭優雅」。これは山田詠美さんの小説のタイトルで、
津上さんは西荻窪にあったKonitzというお店で詠美さんと知り合い、なにか曲を作ろうと思い、で、できたのが無銭優雅という曲。録音が終わって、じゃ、タイトルはどうしようかと話していたとき、さっきやった無銭優雅の譜面が目に入った。無銭優雅ってなに?
といったことがあって、アルバムのタイトルはめでたく「無銭優雅」となった。で、この際、ライナーノートも詠美さんにお願いしようか、という悪乗りに近いいい考えが浮かんで、早速津上さんに連絡してもらった。
そのすてきなライナーノートも届いた。ジャケットは、duoシリーズ最初からの四釜裕子さんと相談してシブヤシゲヨシさんの画でやってみることにする。

2 Responses
E-shibuya : 2010/03/03 ? 21:53:57 ?
E-Shibuyaです。
「無銭優雅」
父は、貧乏でした。
しかし、お金は必要な時に必要なだけ天から与えられるという不思議な信念をもっていました。
父の著書のところどころに、このことが記されています。
自由人に徹した父の人生はこの上無い優雅なものだったと思います。
「無銭優雅」、実に父にピッタリです。
そのジャケットにお使いいただけるのは、とても有り難いですが、父の風変わりな画がお役に立てるかどうかが心配です。

tshibuya : 2010/03/05 ? 14:52:06 ?
E-Shibuyaさん、コメントありがとうございます。
ほんと、「無銭優雅」ってシゲヨシさんのことみたいですね。シゲヨシさんのように生きるのはむずかしいけれど、その生き方を見ているだけでなんとも微笑ましくなってきます。
シゲヨシさんの画はとても楽しい。できあがり、楽しみにしていてください!

●シブヤシゲヨシさんについて(9)
2010/03/06 土曜日 ? 14:20:05 by tshibuya

大変なことを思い出した。シゲヨシさんが作って歌っているカセットテープが確かあった。引っ越しのときになくしてなければどこかにあるはず。
シゲヨシさんは自分の考えがみんなにわかるように、と画を描いた。そうすると、これもそういう考えで作ったものか。それとも興に乗って歌ったものか。
机の上に(いや、畳の上かな)カセットレコーダーを置いて歌っているシゲヨシさんを思い浮かべる。見つかったらまた報告します。

●シブヤシゲヨシさんについて(10)
2010/05/11 火曜日 ? 18:32:23 by tshibuya

E-shibuyaさんによるシブヤシゲヨシさんの「五十音感情の正体web版」がスタートしています。本で見るよりこちらの方がずっと読みやすい。E-shibuyaさん、ごくろうさま。ぜひ最初から(アーカイブの4月から)見てくださるように。
もうすぐ完成する津上研太とのduo「無銭優雅」のジャケットはシゲヨシさんの画でとてもかわいいけれど、こちらの方に挿入されている画にはより力が感じられて、それはそうだろうなあ、一生の研究だったのだから。その無銭優雅のジャケットを手がけてくれた四釜裕子さんはこれを読んで「そうかそういうことだったのかと膝を打ちすぎて痛いです」とメールしてきた。
下は、無銭優雅に使わせてもらったシゲヨシさんの「イノル」。

3 Responses
E-Shibuya : 2010/05/11 ? 21:43:52 ?
ブログ「五十音感情の正体」を紹介いただきありがとうございます。
急にアクセス数が増えました。
コロポックルの石彫像とは異なり、形が無い上に、非論理的、抽象的な内容なので、Web上でどのように構成しようかと苦慮しております。
とりあえず、理屈ぬきで絵だけを見ていただこうかと思い「日本語展」の紹介から入ったのですが、絵ばかりが続くのもどうかと思い、声の感情についての解説が少し入った「アイヌ語と英語」も併せて紹介していくことにしました。

「無銭優雅」の方も間も無く完成のようですね。
楽しみにしております。
よろしくお願いします。

tshibuya : 2010/05/13 ? 10:10:46 ?
E-shibuyaさん、ごくろうさまです。いまさらながらシゲヨシさんの画におどろいています。
もちろん、それを支える理論あってのことでしょうが、それが例え非論理的、抽象的なものであってもそこからシゲヨシさんの人間が見えてきてぼくたちは元気になるのです。
続編楽しみにしています。

一川 : 2010/05/24 ? 16:18:01 ?
なんて可愛いジャケットでしょう。イノリ。こころと描く指が響き合っているのですね。ほのぼのとします。渋谷さんのピアノも津上さんの曲も楽しみですね。

●無銭優雅
2010/05/21 金曜日 ? 08:41:32 by tshibuya

津上研太  alto sax,soprano sax
渋谷毅    piano
島田正明  engineer
山田詠美  text
四釜裕子  design

津上研太とのduo、無銭優雅が完成しました。
ジャケットの画はシブヤシゲヨシさんの「イノル」。録音場所はアケタの店。全曲、津上研太のオリジナルです。
山田詠美さんのライナーノートがすばらしい。演奏については自分でいっても仕方ないのでここには書きません。発売日は5月25日(予定)。

5 Responses
E-Shibuya : 2010/05/21 ? 22:14:59 ?
「無銭優雅」完成おめでようございます。
そして父の画をジャケット、とても良い感じにおさまっていますね。
没後15年にして、父の画がお役に立てるとは・・・・・。思ってもいませんでした。
感激です。
ありがとうございました。

望月洋介@二子玉川ライラ : 2010/05/22 ? 06:09:14 ?
CDの
演奏も
ジャケットの絵も
ライナーの文も
素晴らしいです。
深夜のお日様。

志津花 : 2010/05/23 ? 09:09:15 ?
楽しみです。詠美さんのファンでもあるので、これまた楽しみです!

tshibuya : 2010/05/24 ? 14:24:48 ?
みなさんコメント、ありがとうございます。
盛岡での完成記念ライブ、無事に終わって帰ってきました。
無銭優雅が好評でうれしい。いいアルバムができてよろこんでいます。
あ、望月さん、ライラでもライブお願いしますね!

望月洋介@二子玉川ライラ : 2010/05/24 ? 17:18:58 ?
ぜひよろしくお願いいたします。

シブヤシゲヨシさんについて(5)(6)

●シブヤシゲヨシさんについて(5)
2010/01/30 土曜日 – 17:14:42 by tshibuya

先日、新幹線の中で読もうとキオスクで東海林さだおの文庫本を買った。東京を中心に展開するチェーン店富士そば全メニュー制覇という内容の本だ。その終わりの方に、言葉の研究をしている人(女性)との対談がある。例えば、ある言葉(例えば商品名)から受ける感情というのはあって、というような内容だったか。しかし、シゲヨシさんの研究はそこをもうひとつ突き抜けている。五十音の一つひとつに感情があるというのだ。しかし、その辺りから話しはむずかしくなって、誰もが感じる領域から別のところに行くから、みんな(ぼくでもいい)呆気にとられる。
「五十音感情の正体」の最初の方に、
五十音のこゑの感情が、躰の構造のさけびごゑとしてでてきたんで、ここから世界中のコトバの感情がネ、おびただしく分解できなければウソとなッたのだヨ。とある。そこからその感情を記号化する作業があり、それを説明しながら話しは生命のことにまで及ぶ。いや、それを話さないと「五十音感情の正体」に行き着かないのだからシゲヨシさんにとって当然のことなんだろう。う~ん、むずかしい。
シゲヨシさんは言葉の研究の次に庭から出てきた石に関する考察をはじめる。象の国におりると日本象国物語の二冊がその成果だけれど、ぼくには言葉の研究も石の考察も同じように思えてならない。

2 Responses
asianimprov : 2010/02/08 – 11:43:28 –
「五十音感情」があるなら「十二音階感情」だってあるかもしれない・・とか、シブヤシゲヨシさん関係の一連の記事を読んで不思議な感じを受けています。
十二音階は西洋のクラシック音楽で、日本や東南アジアは五音階だから、感情のベースが違うのか・・とか、悩ましい問題です。別に悩むことはないけど。(笑)

言霊があるのなら音霊があってもいいじゃないかとも思うし・・ドにはド特有の感情があり、ファにはファ独特の叫びがあり、ラには解決不能の悩みがある・・とか、そんなこと考えてたらピアノ弾けませんか・・?
しかし、人面石ですか、石器。うーん。本当だとしたら凄い。本当でなくても、面白いです。

tshibuya : 2010/02/08 – 12:18:19 –
例えば、ハ長調、ヘ長調、ト長調、など調性にはそれぞれの感じがあります。音、一つひとつにもおそらくあるんでしょう。そういう感じを利用して(もっといい言葉がないか)調性音楽は成り立っている、というところもあります。
そう、asianさんがいうように、本当でなくても面白いというところが面白いんですよね!

—-2010/02

●シブヤシゲヨシさんについて(6)
2010/02/01 月曜日 – 12:28:05 by tshibuya

伊達で知り合った木彫りの荒井修さん(洞爺湖町に住んでいる)に「シゲヨシさんのことを書いてる」とメールしたら返事がきた。荒井さんとは大木さん、柴山さんなどとシゲヨシさんのところへいっしょに行った仲だ。以下にそのメールを紹介します(もちろん承諾は得てあります)。

「メールありがとうございます。パソコンからの返信です。 渋谷さんのブログからシブヤさんの息子さんのホームページに飛んで、昔を思い出しながら新たな発見をした次第です。
今思うと当時の俺はなんと固定観念で凝り固まった自意識の強いガキだったのかとおもい、今だったらシブヤさんと楽しい酒を飲みつつ、人間の根源に触れる話をできたのではと残念に思います。
俺が思っていた以上にシブヤさんは冷静に理論的に考古学を見た上で発掘し、客観的に自己分析をし、また、来客をも熱い口調とは裏腹に静かに人を見つめていたということに驚かされました。
また、当時は気が付かなかったのですが文章が実に良い。奥さんのことを書いたくだりはなんか泣かせるね。
俺もシブヤさんの歳に近づいて、あれだけのエネルギーがどこから出たのか不思議でなりません。」

まったくそうだなあ。ぼくも同じです。
そうそう、友だちの女の子に「日本象国物語」を読んでもらった感想は、「これはシゲヨシさんの奥様へのラブレターみたいですね」というものだった。

2 Responses
E-Shibuya : 2010/02/04 – 17:26:32 –
父は伊達でいろいろな方のお世話になっていたようですが、私は父の著書の中でお名前を拝見するだけで、どなたともお会いした事がありません。
この場をお借りして、父が生前お世話になりました方々に厚く御礼申し上げます。
父の親交のあった方が父の事を覚えていて下さり、また父の著作のWebサイトをご覧くださっていることを大変嬉しく、また有り難く、感謝申し上げます。
コロポックルの石彫研究の「日本象国物語」や「象の国へおりる」の文中にコトバの研究の文が飛び込んで来る箇所が何箇所かあるのですが、唐突にこのような文が出てきても読む方には何のことかわからないだろうと思いその部分は除外していたのですが、本日追加した部分は原文通りその部分も載せてみました。
いずれ、「五十音感情の正体」などもWeb化したいと考えております。
今後ともよろしくお願いします。

tshibuya : 2010/02/06 – 12:22:38 –
E-Shibuyaさん、コメントありがとうございます。
伊達に行くと仲間3、4人で必ずシゲヨシさんのところにお邪魔したものです。最初に行ったときは茅葺きの母屋で、その後は向かって右にあった家(いまはもうないのかな)で。行けば2、3時間は話しを聞いていたように思います。
伊達の仲間はみんな元気で、大木さんはお蕎麦屋さん、佐藤さんは農業、荒井さんは洞爺湖町で木彫り、柴山さんは函館で陶芸、と、それぞれ自分の道を歩いています。
ここのところ会ってないのでひさしぶりに会いたいなあ。

シブヤシゲヨシさんについて(3)(4)

●シブヤシゲヨシさんについて(3)
2010/01/13 水曜日 – 17:23:56 by tshibuya

あるとき、伊達の友だちから電話がかかってきて、シゲヨシさんのところがすごいことになってるという。どうすごいことになってるのか聞いてもよくわからない。なんでも、シゲヨシさんはこのところ石を掘っていて、それも毎日掘っていて、で、それを庭に展示しているのだという。早速伊達に行ってシゲヨシさんの家に行った。
母屋に向かって左手前に前はなかったビニールハウスのようなものがある。さらに近づいてみると入口と書いてある横に「コロポックル假神殿」と書いてある。コロボックルじゃなくて他の名前だったかも知れない。假神殿だけははっきり憶えている(でも、仮神殿だったかも知れない)。
中に入ると、いろいろな石が発泡スチロールの箱や蓋の上に置いてあって(だからそんなに大きな石ではない)、これはなに、これはなに、例えばイヌ、クマ、象とか書いてあって、その中でめずらしいもの、重要なものには発泡スチロールの台に金色銀色のボール紙を敷いてその上に置いてある。
圧倒された。この小屋をひとりで作ったのもすごいけれど、それよりも、自分が思ったことを迷わず実現してしまう情熱、そういうものに圧倒された。この石がどういうものか、というのはぼくにはよくわからない。なんでも奥様に頼まれてゴボウを掘っていたらそういう石がたくさん出てきて、という話で、そのそういう石については、E-SHIBUYAさんのサイトのこのページをご覧ください。

2 Responses
E-Shibuya : 2010/01/13 – 23:03:45 –
父の思い出を連続で書いていただき、ありがとうございます
父が上京の際は私の家までおいで下さいましたが、私は仕事でお会いできませんでした。
昔父の研究の事を週間誌に投稿したものをお読みになっていたとは、本当に驚きです。

E-Shibuya : 2010/01/14 – 15:50:09 –
父の著書「日本象国物語」に「お手紙」として掲載されているtshiuyaさんの「伊達初日」と、シブヤ シゲヨシの「ピアニスト」を、Webサイト「日本象国物語」の「お手紙」に掲載させていただきました。
http://zounokuni.web.fc2.com/flm0.html

●シブヤシゲヨシさんについて(4)
2010/01/27 水曜日 – 15:59:15 by tshibuya

埼玉県K市にあるE-SHIBUYAさん(シブヤシゲヨシさんのご子息)のお宅でシゲヨシさんに会ったのは「新しい本を出版したいのでだれか知り合いを紹介してほしい」とのことで、当時G-1ブックスという出版社をやっていた東井輝夫さんといっしょに行った。東井さんは鹿児島の中山信一郎さんの「土曜日のジャズ・日曜日のシネマ」「ぼくのシネローグ」を出版してくれた人で、よくこんな儲からない本(内容はすばらしいが)を出してくれたものだと思っていた。その日は夜になってすごい雨になって傘を持たなかった二人はずぶ濡れになった。
そのときのシゲヨシさんはいつになく真剣な面もちで新しい本のことなど話し、これはぜひ出版したいといっていた。その本が出版されたのかどうかわからないのだけれど、G-1ブックスからは確かシゲヨシさんの本が一冊出ていたような記憶があるので、それがそのときのものかも知れない。
シゲヨシさんの本は何冊くらいあるんだろう。いま手元にあるのを調べてみたら
五十音感情の正体(1974)
生命は光体なり(1974) 五十音感情の正体・改題
アイヌ語と英語(表紙の絵に1977年とあるのできっとそのころ)
象の国におりる(1988)
日本象国物語(1989)
日英語ノーベル賞(1989)
最後の二冊がG-1ブックスから。その他に、漫画シリーズ「酒とテープレコーダー」という手作りの本(シゲヨシさんの絵入り)があります。
石に関する本は「象の国におりる」と「日本象国物語」。

2 Responses
E-Shibuya : 2010/01/27 – 20:25:49 –
父の思い出の連載をありがとうございます。
父は私が子供の頃、長い間闘病生活を送っておりましたが、闘病中にひらめいたとのことで、私が中学生だった昭和30年頃からコトバの研究の本などを書いており、「アイウエオの音にはそれぞれ感情があり、その感情がコトバになった」という父独自の理論を聞かされたことを覚えています。
私は18歳で単身上京し、その後は数年に一度位しか伊達には帰らなかったので、父がどのような活動をしていたのかを詳しく知らないのですが、何冊かの本を自費出版したりしていたようで、何冊かの本が私のところへも送られてきておりました。
同じような内容のものを、題名を変えたりしているようですので、内容的には重複があるようですが、私の手元には、列記いただもののほかに
北海道観光雑筆
太陽魔術(後に天界文学と改題)
日本語展があります。
郷里の茅葺の母屋には父の著書が積み上げられて埃を被っており、どう処分したら良いかと思案しております。

tshibuya : 2010/01/28 – 17:02:26 –
E-Shibuyaさん、コメントありがとうございます。
そうですか、シゲヨシさんは闘病中にひらめいたんですね。で、そこから想像の翼を拡げた。すばらしい!
(1)のカニの話しは「北海道観光雑筆」に載っているのかも知れません。うろ覚えで間違ったこと書いている可能性もありますが。
「太陽魔術(後に天界文学と改題)」「日本語展」は言葉の研究のつづきだろうと推測しています。